自社ツールを開発し続ける理由

Sync8という自社ツールを開発し続けています。「市販のSaaSを使えばいいのに、なぜ自社で作るのか」とよく聞かれます。何年もこの質問に答えてきて、自分なりの結論が固まってきたので、メリットもデメリットも包み隠さず書きます。

市販ツールで業務を回していた時代

最初はすべて市販のSaaSで業務を回していました。CRMはHubSpot、タスク管理はNotionとTrello、請求管理はfreee、EC管理は各モールの管理画面です。それぞれのツールは単体では優秀でした。

問題が出始めたのは、事業が複雑になってきたころです。EC支援の案件が増え、同時にBPO事業も始めました。顧客管理、案件管理、受注管理、請求管理、タスク管理が全部バラバラのツールに散らばっています。

たとえば「先月の売上上位10社に、新商品の案内メールを送る」という作業です。EC管理ツールから売上データをCSVでダウンロード → CRMで顧客の連絡先を確認 → スプレッドシートで突き合わせ → メールツールで一斉送信。3つも4つもツールを行き来するだけで30分以上かかりました。しかも月に何度もやる作業です。

「Aさんの案件はどうなっている?」と聞かれたとき、CRMを開き、タスク管理を開き、メールを検索し、チャットの履歴を探します。情報を集めるだけで10分以上かかります。この非効率さに限界を感じました。

Zapierなどの連携ツールも試しました。でも、自社の業務フローは微妙にカスタマイズが必要な部分が多いです。たとえば「BPO案件はクライアントの承認を得てからタスクに落とす」「EC案件は受注データを日次で集計して報告」といった細かいルールです。汎用的な連携ツールでは対応しきれませんでした。

自社ツール開発を始めた経緯

最初は大げさなものを作ろうとは思っていませんでした。「とりあえず顧客情報と案件情報を1つのデータベースにまとめよう」くらいの気持ちで始めました。

デザイナー出身なので、プログラミングは独学です。最初はPHPで簡単な管理画面を作りました。そこから少しずつ機能を追加して、3年以上かけて今の形になりました。現在のSync8は、Hono+Cloudflare Workers上で動いていて、100以上のデータテーブルと120以上のAPIルートがあります。

正直、ここまで大きくなるとは思っていませんでした。「ちょっとしたツール」が「業務の中核システム」に育ってしまいました。良くも悪くもです。

自社ツールのメリット

3年以上使ってきて、実感しているメリットはこのあたりです。

すべてのデータが1箇所にあります。顧客情報、受注履歴、タスク、ドキュメント、請求データ、コミュニケーション履歴。すべてを横断的に検索・集計できます。「この顧客の過去3年分の取引履歴と、直近のやりとり」がワンクリックで出てきます。以前は30分かかっていた作業が3秒で終わります。

自社の業務フローに完全に合わせてあります。「ここをクリックしたら次はこの画面」という導線が、自分たちの仕事の流れそのものです。市販ツールだと「この機能はあるけど、うちの使い方だとちょっと違う」ということが頻繁にありますが、自社ツールならその「ちょっと違う」を完璧に合わせられます。

AIを自由に組み込めます。テンプレートエンジンにAIを組み込んで、提案書やメールの下書きを自動生成しています。顧客データと組み合わせて「この顧客の過去の取引傾向を踏まえた提案文」を自動で作れます。市販のSaaSにもAI機能は増えていますが、自社データとの連携の深さは自社ツールならではです。

月額のSaaS費用を削減できました。以前は月5万円以上払っていた複数ツールの契約がほぼ不要になりました。Cloudflare Workersのホスティング費用は月数百円程度です。もちろん自分の開発工数はかかっていますが、月額固定費の削減効果は大きいです。

デメリットも正直に書く

メリットだけ書くとうさんくさいので、デメリットも包み隠さず書きます。

開発に膨大な時間がかかります。自分が開発しているので、他の仕事に使える時間が減ります。月のうち1〜2週間は開発に費やしています。その間、営業活動やクライアントワークが後回しになることもあります。売上に直結しない作業に時間を使い続ける判断は、経営者としてはリスクです。

メンテナンスが終わりません。バグ修正、セキュリティアップデート、ライブラリの更新、サーバー管理。市販のSaaSならベンダーが全部やってくれることを、自分でやる必要があります。新機能を作りたいのに、メンテナンスだけで週の半分が終わることもあります。

属人性のリスクが深刻です。自分が倒れたらツールの運用も止まります。これは今でも未解決の最大の課題です。ドキュメントを書いたり、コードの設計を整理したりしていますが、自分以外の人がすぐに引き継げる状態にはなっていません。正直、「自分に何かあったら」を考えると怖いです。

車輪の再発明が避けられません。カレンダー機能、ファイル管理、チャット機能など、市販ツールのほうが圧倒的に完成度が高い領域もあります。Googleカレンダーの完成度を自社ツールで超えるのは不可能です。全部を自社で作る必要はなく、得意な部分に集中すべきだと今は思っています。

それでも作り続ける理由

デメリットを理解した上で、それでも作り続けている理由は2つあります。

1つ目は、自社の業務に最適化されたツールが競合優位性になっていることです。同じ規模のEC支援会社と比べて、少ない人数でより多くの仕事をこなせています。「5人でそれだけ回しているんですか」と驚かれることが多いですが、それはこのツールがあるからです。受注処理、顧客管理、レポート作成、スタッフのタスク管理が1つのシステムで完結するから、ツール間の行き来で時間を無駄にしません。

2つ目は、単純に作ること自体が楽しいということです。これは完全に個人的な理由です。デザイナー出身で、途中からプログラミングを覚えた自分にとって、自分が使うものを自分で作れることには達成感があります。仕事のツールに不満を感じたとき、「じゃあ自分で作ろう」と思えるのは、エンジニアリングを学んだ恩恵です。

自社ツール開発を検討している人へ

自社ツール開発は万人向けではありません。以下に当てはまる場合は、市販のSaaSを使ったほうがいいと思います。

  • 業務フローが一般的で、カスタマイズの必要性が低い場合です。市販ツールで十分対応できるなら、わざわざ自社で作る意味はありません
  • 社内に開発できる人がいない場合です。外注だけで作ると、改修のたびに費用がかかり、メンテナンスコストが膨大になります
  • 業務プロセスがまだ固まっていない場合です。ツールを作ってから「やっぱりこの流れは違った」となると、作り直しのコストが大きいです

逆に、業務フローが独自で、既存ツールとの組み合わせに限界を感じていて、社内に開発できる人がいるなら、検討する価値はあります。最初から大きなシステムを作る必要はありません。まずは「一番手間がかかっている業務」を1つだけ自動化するところから始めるのがおすすめです。

開発を続けるためのルール

自社ツール開発を続けるために、自分なりのルールを設けています。これがないと、開発に没頭しすぎて本業がおろそかになります。

ルール1:開発は月の前半2週間に集中させます。後半2週間はクライアントワークと営業に充てます。このリズムがないと、「あと少しでこの機能が完成するから」と開発を延長してしまいます。期限を決めて、間に合わなかったら来月に回します。

ルール2:新機能より既存機能の改善を優先します。新しい機能を作るのは楽しいです。でも、使いにくい機能を放置したまま新機能を追加しても、ツールの使い勝手は上がりません。月の開発時間の7割は既存機能の改善に使い、新機能は3割にとどめます。

ルール3:スタッフが使わない機能は作りません。「あると便利かも」で作った機能は、大半が使われません。作る前にスタッフに「これ、あったら使う?」と聞きます。「使うかも」は「使わない」と同義です。「絶対使う」と言われたものだけ作ります。

ルール4:技術的な挑戦を目的にしません。新しいフレームワークを試したい、新しいAPIを使ってみたいという気持ちはあります。でも、自社ツールは実験場ではありません。安定稼働が最優先です。新技術は小さな機能で試してから、本格導入します。

このルールのおかげで、開発と本業のバランスが取れるようになりました。以前は開発にのめり込みすぎて、クライアントワークの納期を遅らせてしまったことがあります。それは本末転倒です。

もう一つ、自社ツール開発で大事だと思うことがあります。「完璧を目指さない」ことです。市販のSaaSと比較すると、見た目も機能も劣る部分がたくさんあります。でも、自社の業務に必要な機能だけが揃っていれば十分です。逆に、市販ツールにある「うちでは使わない機能」がないぶん、画面がシンプルで操作が速いです。80点でいいから、自分たちに最適化されたツールです。それが自社開発の目指すべき姿だと思います。自社ツール開発は終わりがない旅ですが、その過程で得られる知見と効率化の恩恵は、十分にリターンがあると感じています。

振り返ると、自社ツール開発を始めた判断は正しかったと思います。もちろん、同じ時間を営業やマーケティングに使っていたら、もっと早く売上が伸びていたかもしれません。でも、ツールによる業務効率化がなければ、今の事業規模を5人で回すことは不可能でした。投資の回収に3年かかりましたが、4年目以降は毎月の効果を実感しています。

まとめ

自社ツール開発は、投資回収に時間がかかるし、リスクもあります。属人性の問題は今でも解決できていません。でも、業務効率化の天井を突破する手段としては、今のところ一番効果があったと感じています。大事なのは「作ること」が目的にならないことです。あくまで業務の課題を解決するための手段であり、市販ツールで解決できるならそちらを使います。このバランス感覚を持ち続けることが、自社ツール開発の一番のコツだと思います。

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